So-net無料ブログ作成
検索選択
歴史上の人物 ブログトップ

王 羲之 人物像 書聖  [歴史上の人物]

王 羲之 人物像 
王 羲之人物像についてのお話です。
王 羲之って誰?

こんにちは。
いつも読んで頂きありがとうございます。

王 羲之って誰だかご存知ですか?
先ずは王 羲之の読み方ですが、(おうぎし)
と読むそうです。

中国東晋の政治家で書家でもありました。
彼の書の実力と芸術性は確固たる地位を
確立して書聖とも呼ばれていました。

後世の書を学ぶ(平たく言えばお習字)
人達に多大な影響を及ぼしています。
彼の書は奈良時代から手本とされていて
現代でもその余波が見られるほどです。

王 羲之が活躍した六朝時代には貴族が
政治から落ちこぼれた人々の痛みや
憐みを豊かに表現できる感性の持ち主がいました

つまり1個人の喜びや哀しみを謳いあげる「詩」が
誕生していくことになりました。
草書や行書が生まれ、その道具としては紙や筆が
本格的に使われたことにより、それまでになかった
新しい表現を創りだし書の世界にエネルギッシュな
息吹を吹き込んだのは、王 羲之だったのです。

日本経済新聞の記事によると、
王 羲之の精巧な写しが8日までに
見つかったとされています。

もっと知りたい方はこのような資料はいかがですか?
↓  ↓  ↓
もっと知りたい書聖王羲之の世界 (アート・ビギナーズ・コレクション)

これからまだまだ話題になりそうですね。
今日もよんでいただきありがとうございます。

佐久間象山 生い立ち 名言 [歴史上の人物]

佐久間象山 生い立ち 名言

佐久間象山の生い立ちと名言について、
お話させていただけると幸いです。

こんにちは、いつも読んで頂きありがとうございます。

佐久間象山ってご存知ですか?
江戸後期の松代藩士であり、
才能豊かな人物であったそうです。

佐久間象山の読み方は、
一般的には”しょうざん”で、
その生い立ちである地元では”ぞうざん”
と呼ばれていました。

その時代の人々からは、兵学者や
朱子学者、または思想家として
知られていました。

下級武士の出身で、佐久間象山の若いころには
経学と数学を学んでいたとされます。
この時期に数学を学んだことは、佐久間象山にとって
後に西洋の学問を吸収していくのに大いに役立ったと
されています。

佐久間象山自身が記したとされている
「佐久間氏略譜」によると家系は平氏と
なっています。

彼の門弟には、有名どころとして
勝海舟坂本龍馬など後の日本を担う
人々が輩出しています。

2013年のNHK大河ドラマ
「八重の桜」にも登場人物として
描かれています。
NHK大河ドラマ 「八重の桜」完全読本 (NIKKO MOOK)


彼の名言集として、
私の目を引いたものをいくつか
ご紹介させて下さい。

・人々が何と言おうと、怖じることなく、
心中はいつも安らかです。
これも今までの修業の成果でありましょう

・失敗するから成功がある

・時にあわば、散るもめでたし 桜花


などなど、検索すると解説も含め多数出て来ます。


書籍を調べてみると次のようなものがありました。 ↓  ↓  ↓



これからも、
佐久間象山の生い立ちや名言について、
楽しい情報を見つけ次第お話させて頂きます。
今日もありがとうございます。





nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:
歴史上の人物 ブログトップ
楽しい情報屋